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阪神 2 – 1 カープ
延長11回、梅野の打球がショートの前でポンとイレギュラーした瞬間、リモコンを握ったまま固まった。
最終戦までこれか。今シーズンのカープを1試合に煮詰めたら、たぶんこんな味がするんだろう。
甲子園の2連戦は、阪神のふたりの引退試合だった。6日は岩貞、7日は西。
6日は1点リードの7回に岩貞が出てきて、末包がまっすぐにマン振りの空振り三振。マウンドで岩貞と梅野が天を仰ぐお涙頂戴。
7日は西の前で勝田、菊池、坂倉がそろって3球三振。
それ自体はいいんだ。去っていく投手に気持ちよく投げてもらうのは野球の儀式みたいなもので、カープはきっちり務めを果たしたんだよね。
だけど礼儀ってのは、本来は行ったり来たりするものじゃないの。花を2つ渡したんだから、最後の1つくらいはこっちの手に返ってきてもいいんじゃないか。
そう思っていたカープファンは、私だけじゃないはずだ。
思い出すのは2007年、佐々岡の引退試合。9回2アウトから最後のマウンドに上がって、横浜の村田に一発を浴びたあの夜のことだ。
カープは昔から、こういう場面で甘くしてもらえない。もう慣れたつもりでも、胸のどこかでずっと小骨が引っかかったまま。
あの秋のマツダスタジアムで差し出した1アウト
もうひとつ、どうしても忘れられない試合がある。2015年10月7日、マツダスタジアム。
偶然にも、きのうとまったく同じ日付だった。カレンダーを見てイヤな予感がしていた。
緒方監督の就任1年目、シーズン最終戦。勝てばクライマックスシリーズに進める、それ以外に何もいらない一戦だった。
その先発マウンドに立っていたのが中日の山本昌。50歳これが現役最後の登板。
なぜ広島で。なぜ、マツダスタジアムで。なぜ、よりによってこの試合で。
相手の本拠地で、カープファンの前で、よその投手の花道を見送る。普通は自分たちの球場で、自分たちのファンに囲まれてやるものじゃないのか。
1回裏、先頭は丸。115キロのスライダーがワンバウンドして次の1球も外れた。
3球目、高めのスライダーを引っかけてセカンドゴロ。山本昌の役目はそこで終わった。
打者1人、1アウト1つ。数字にすればそれだけなのに、あの1アウトはスコアボードの「1」よりずっと重く見えた。
山本昌は試合後、「最後は自分も真剣勝負できましたし、丸選手も真剣勝負してくれたのでうれしかったです」と語っている。
カープが大事な試合にもかかわらず映像まで用意したことにも、きちんと礼を述べていた。
真剣勝負だったのは、ほんとうだと思う。丸が手を抜いたなんて、これっぽっちも思っていない。
だけど、こっちにしてみれば運命の大一番の1回裏に誰かのセレモニーがはさまったわけだ。プレーボールのぴんと張り詰めた空気が花束と拍手でふわっとほどけてしまった気がしてならない。
マウンドで花束を手渡したのは、当時まだ選手だった新井監督だった。受け取った左腕の目から、また大粒の涙がこぼれた。
拍手はした。したけど、手のひらはどこか冷たかった。こんなお涙頂戴はいらない。
前田健太は7回を無失点。それなのに打線は大野、若松の前にほとんど何もできず、ヒットは新井監督の1本きりだった。
8回、2番手の大瀬良がつかまって3点。0対3で敗れて、4位でシーズンの幕が下りた。
マエケンにとっては、あれが日本で投げた最後の試合になった。いま思い返しても、少し胸がつまる。
ベンチで号泣する大瀬良を、マエケンは「泣きすぎじゃ」と笑いながらなだめた。
花道は譲った。CSの切符まで、一緒に持っていかれた。
あの日マツダスタジアムで観戦したんだけど、球場を出ると、秋の夜風がやけに冷たかった。駅へ向かうカープファンの波が、あんなに静かだったことはない。
翌年からカープは3連覇を果たす。あの夜のやるせなさが、どこかで闘志の火種になっていたと思いたい。
そんな負の歴史があるから、今年の甲子園には少しだけ期待していた。
今度こそ、お返しがあるんじゃないかって。
勝負事にそんな事を求めちゃいけないのは重々承知している。
12球の花道と 佐々木のバット
18時、甲子園。スタンドは42,647人の黄色で、画面越しでもメガホンの音がうるさいくらいに届いた。
先発の西は先頭の中村奨成をフルカウントからショートゴロ。続く勝田と菊池はお約束通り空振り三振。
12球で三者凡退。2回、坂倉も3球で空振り三振、三者連続三振したところで藤川監督がベンチを出て、マウンドで西を抱きしめた。
いい話だ。ほんとうに、いい話ではある。
でもね、こっちはここからが本番だった。2番手の石黒からさっそく佐々木泰がライト前へ運んで、カープベンチに少しだけ火がつく。
マウンドの玉村もよかった。2回ノーアウト1塁で高寺をダブルプレーに仕留めたあたりから、ボールに迷いがなくなった気がする。
そして4回、1アウト1、3塁。カウント3-2から石黒が内角にまっすぐを投げ込んできた。
佐々木は詰まった。詰まりながら振り抜いた打球が、ライト線の内側にぽとりと落ちる。
先制。缶ビールをテーブルに置く手に思わず力が入った。
5回には小幡のバントに玉村が猛然とマウンドを駆け下りて、くるっと体を回して2塁へ。あの一連の動きは、台所で手際よく2品同時にお料理を作るおかあさんみたいに無駄がなかった。
1対0。このまま、このまま。祈るような気持ちで7回を迎えた。
延長11回 ストレートの四球から始まった長い夜
7回裏1アウト、大山に二塁打を打たれた。この日はじめて得点圏に走者を背負った場面だった。
代走に熊谷。打席の高寺を0-2と追い込んで、ここは抑えられると思ったんだけど…
高寺の打った打球は玉村の横をすり抜けてセンターの右へ。
熊谷が3塁を回って、そのままホームを駆け抜けで1対1の同点。
玉村は7回5安打1失点。最終登板でこれだけ投げたんだから、本人はきっと悔しさと手ごたえが半分ずつだったんじゃないか。
8回表、今度はカープにチャンスが来た。ノーアウト1、2塁で上位打線。
ここなんだよ、勝負どころは。テレビの前で座り直してソファのクッションを抱えた。
結果は3者凡退。結局この回を最後にカープは1人の走者も出せなかった。まさに今年のカープの打撃陣。
その裏、遠藤が今季60試合目のマウンドで2アウト満塁まで背負う。打席に佐藤輝明、頼む、頼むと念じていたらセカンドゴロ。
ふうっと肩の力が抜けた。
大瀬良がつなぎ、髙がつなぐ。9回の佐々木はライトフライで、シーズン100安打まであと1本のまま最終打席を終えた。
そして延長11回。マウンドにはターノック。
先頭の小野寺にボール、ボール、ボール、ボール。ストレートのフォアボール。
カープに不利な嫌な予感ってだいたい当たる。代走の植田があっさり2塁を盗み送りバントで3塁へ。
高寺には3ボールになったところで申告敬遠。1アウト2、3塁で打席に入ったのは、西とずっとバッテリーを組んできた梅野だった。
カウント2-2。梅野が振った打球は、高く弾んでショートの前へ。
間に合わない。わかっていても、身を乗り出していた。
今シーズンほとんどショートを守っていない二俣。
現場首脳陣のポジコロによるユーティリティ選手の育成失敗が、まさかここで顕在化されるとは野球の神様は無慈悲だ。
二俣は悪くない。すべての責任は現場首脳陣にある。
3塁走者がホームに滑り込んで甲子園が揺れた。西の引退試合を、相棒のバットがサヨナラで締めくくった。
ターノックはこれで7敗目。あのフォアボールを投げた右腕は、ベンチに戻りながら自分をいちばん責めていたように見えた。
試合後の藤川監督は「一緒にやってきた梅野が最後にね。必死で今日をリードしていましたから」と目を細めたらしい。
そりゃあ、そっちから見れば最高のストーリーだろう。
阪神の優勝はもう決まっていた。CSに向けた調整の試合だと思えば、少しくらい肩の力を抜いてくれてもよかったんじゃないか。
8回からは岩崎、木下、及川、岡留と、勝ちパターンの顔ぶれがずらり。花はあげるけど、白星はひとつもやらない。そう言われた気がした。
あちらには、セの全球団に勝ち越すという勲章がかかっていた。それはわかってる。わかってるんだけど、この試合くらいは、ちょっと空気を読んでほしかったんだよな。
それにしても皮肉なものだと思う。2010年、矢野の引退試合で村田に逆転3ランを打たれたマウンドに立っていたのは、藤川その人だった。
花道を壊される側の気持ちを、誰よりも知っているはずだ。
甲子園の歓声を背に
試合時間は3時間43分。画面の中では、西と梅野が抱き合っていた。
カープの選手たちは黙って3塁側のベンチへ引き上げていく。その背中に飛んでくる歓声はたぶん耳に痛かっただろう。
テーブルの缶ビールは、すっかりぬるくなっていた。
藤川監督は全球団への勝ち越しを問われても浮かれず、「小さなことの積み重ねをしていて、運がこちらに向いたというところだと思う。ということは、来年大変だぞということですよね」と言ったそうだ。
悔しいけれど、言っていることはまっとうだ。だからといって好きになれるかといえば、それはまた別の話。
テレビを消すと、部屋が急に静かになった。窓の外では、秋の虫が小さく鳴いていた。
今年の戦いは、61勝78敗4分の4位で終わった。阪神には11勝13敗1分と負け越して、最後の1勝さえ取り返せなかった。
新井監督は「いろいろ苦しかった1年だったけど、投手も野手も、良い経験をした選手というのもたくさんいると思う」と振り返った。
追加点を奪えなかった課題にもきちんと触れていて、それがこの監督らしい。
そして若い選手たちに向けて、「今日でシーズンは終わったけど、来年に向けての戦いはもう始まっている」とも。
その言葉をいちばん背負っているのは、たぶん佐々木だろう。99安打で終わった年に侍ジャパンにも選ばれた。
同期・同学年、青山学院時代のチームメイト、ロッテの西川史礁は、155安打で最多安打のタイトルを取った。
「来年はしっかりと、余裕で越せるように」
あと1本の悔しさを、本人はもう笑い話に変えようとしている。
開幕を4番で迎えて、2軍落ちも経験した23歳。
その彼がこの夜、2本のヒットで唯一の得点をもたらしたのは、ささやかな来年への置き手紙みたいなものだった気がする。
玉村の7回も、遠藤の60試合目も、満塁で踏ん張った8回もちゃんと覚えておきたい。負けた試合にも拾って帰るものはある。
あの2015年の秋、花道を譲ったあとに3連覇が待っていた。
悔しさを抱えたままの冬が、カープはわりと得意なんだよな。
あしたからは、カープのない夜長がしばらく続く。晩ごはんのあと、何となくスマホでスポナビ開いてスコアを探してしまう癖はたぶん冬になっても抜けないだろう。
甲子園に置いてきた借りは来年まとめて返してもらえばいい。
引退試合の花道なんかじゃなく、優勝争いのど真ん中でね。


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