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森下がFA権の行使を表明し、その翌日に坂倉も同じ決断を下した。
2日続けて胸の同じ場所を殴られた気分だ。明日は床田なのか?
きのうの痛みが引かないうちに、スマホの通知がまた同じところを叩いてくる。
朝のコーヒーが冷めていくのにも気づかず、スマホニュースの見出しを3回読み返した。
同じ年にカープから2人がFA宣言するのは2007年以来だという。
その年号を見て、声にならない声が小さく漏れた。
評価を聞いてみたい その一言がこんなに刺さるとは
4日、スーツ姿でマツダスタジアムの会見場に現れた森下は、自分の口で書類提出を報告した。
宣言残留は認められていて、残留か移籍かは「今も悩んでいる」そうだ。
坂倉も5日に書類を出した。今季は主に4番に座り、140試合で打率.251、15本塁打、74打点を挙げた男だ。
そして2人の口から出てきたのは、結局同じ言葉だった。
「他球団の評価を聞いてみたいというのが、一番の気持ちです」
森下のこの一言を読んで、正直ちょっとだけ腹が立った。で、腹を立てた自分がすぐに情けなくなった。
だってそうだろう。お金の絡んだ評価を聞かせてくれるのは、せいぜい2つか3つの球団なんだから。
そんな小さな分母の数字より、毎晩テレビの前やスタンドから送られてきた何十万人の拍手のほうがよっぽど確かな評価じゃないか。
それじゃダメなのか。
ダメなんだろうな、たぶん。誠意は金で示せ、プロの世界ではそれがまっとうな理屈だ。
それなら決まり文句じゃなく、いちばん高く買ってくれる球団に行きたいと胸を張って言ってほしい。そう言われたらプロだもの当たり前だと、こっちも腹をくくれる気がするんですよ。
でもね、会見の言葉を最後まで追っていくと、どうもそう単純な話でもなさそうなんだよな。
引っかかるという言葉と 2007年の冬
森下の会見には、読み流せない一節がもうひとつある。
「チームメートと、いい思い出も、悪い思い出も野球の中ではある。そういうところも自分の中で、引っかかるところもありますし」
引っかかる。
この5文字を、しばらく指でなぞっていた。
ほんとうに未練のない人は、たぶんこんな言い方をしない。うまい言葉を選びきれないまま差し出した感じがあの穏やかな顔とそのまま重なる。
思い出すのは2020年、ルーキーの森下だ。帽子のつばに軽く触れて、サインにこくりとうなずいてすっと足を上げる。
ズバン、とミットが鳴るたびに、スタンドの赤がざわっと揺れた。あの年に10勝で新人王、それから2ケタ勝利を3度、積み上げた白星は通算60になる。
今季は7勝11敗、防御率3.60。援護のない夜、ベンチで口を結んだ顔をテレビ越しに何度見ただろう。
坂倉のほうは、もっと前から見てきた気がする。日大三から高卒で入ってきたころは、ほっぺたの丸いやんちゃそうな若者だった。
2021年にはリーグ2位の打率.315。マスクをかぶり、一塁に立ち、三塁にも回って、チームが困った場所にはいつも坂倉がいた。
点の取れない今季、4番を背負って74打点。球団の日本人選手が70打点を超えたのは、鈴木誠也以来5年ぶりだった。
打席へ向かう背中に、ライトスタンドから名前を呼ぶ声が飛ぶ。その坂倉が、会見でこう話していた。
「すごい応援だなと思ってその声援の中でプレーしたいという思いをもって頑張ってきたので、本当に感謝しています」
届いてたんだ。あの声は、ちゃんと届いてた。
そして、2007年。あの冬にFA宣言したのは、黒田と新井だった。
黒田は海を渡り、新井はタテジマに袖を通した。冬の冷たい風といっしょに、あの寂しさはいまでも鼻の奥によみがえる。
でも、2人とも帰ってきた。黒田はメジャーの大型オファーを断り、新井は一から出直す覚悟で2015年の春にまた赤いユニホームを着た。
その新井がいま監督として2人の決断を受け止める側にいる。自分の値打ちを確かめたくなる気持ちも、残される側の痛みも、きっと両方わかっている人だ。
宣言残留を認めたのは、突き放すためじゃなく帰り道を開けておくためだと思いたい。
ただ、きれいごとだけでは済まない。今季のカープは4位で、これで3年続けてBクラスだ。
森下は「やっぱり勝ちたいというところはある」とも言っている。勝ちたい選手がほかの景色を見たくなるのを、誰が責められるだろう。
獲得調査をしていると報じられているのは、ソフトバンクにDeNA、ロッテ。どこも本気で頂点を狙っている、強くて懐の深い球団だ。
カープも森下には年俸増と4年契約を提示したと報じられているけれど、マネーゲームになったら分が悪いことはファンがいちばんよくわかっている。悔しいけど、それが現実なんだよね。
主力が2人同時に抜けたら、来季のチームはがらりと形を変えてしまう。その心配でゆうべは少し寝つきが悪かった。
答えが出るまで声援は止めない
10日に公示され、11日からは他球団との交渉が始まる。答えが出るまで、落ち着かない朝がしばらく続きそうだ。
どちらに転んでも、2人がカープで流した汗が消えるわけじゃない。背番号18の白星も、4番の打点もこの街の記憶にはしっかり刻まれている。
残ってくれたら来年の開幕戦の最初の拍手は2人のために取っておく。もし別のユニホームを着る日が来ても、マツダスタジアムで名前がコールされたら、悔しさごと大きな拍手を送るつもりだ。丸の時もそうだった。
ひとつだけ、わがままを言わせてほしい。評価を聞くときその天秤のもう片方に、マツダスタジアムのあの声援も乗せてくれないか。
お金では測れない評価が、ここには何十万人ぶん積もっている。来年の春も赤いユニホームの2人をここで見たい。
評価ならとっくに出ている。
あとは2人がそれを受け取ってくれるかどうか、それだけだ。


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